7大宗祖たちの濃厚キャラクター:(1)空海が最澄を嫌悪した理由
観光などでお寺に行くと、たいていの場合「◯◯宗■■寺」という名前がついています。この「◯◯宗」というのが宗派の名前であり、各宗派には、それを開いたとされる宗祖が存在します。今回は、お寺を訪れた際にその宗派に少しでも注目できるよう、メジャーな宗派の宗祖さんたちをご紹介したいと思います。
歴史の教科書などでよく目にする宗派といえば、だいたい以下の7つくらいだと思います。
③浄土宗(法然)
④浄土真宗(親鸞)
宗祖さんたちのキャラクターがわかるよう、僕が抱いているイメージを基に、勝手に(強引に?!)それぞれキャッチフレーズをつけさせていただきました。(あくまでイメージです!イメージ!)
【悲しき秀才=最澄】
【アク強き大天才=空海】
【慈悲と温もりの人格者=法然】
【愚かなハゲ=親鸞】
【孤高の求道者=道元】
【茶と禅の伝道師=栄西】
【猪突猛進のカリスマ=日蓮】
どうですか?これで少しは、宗祖さんたちがどんな人物であったかイメージが湧いてきましたか?・・・え、湧かない?では、宗祖さんたちを二人一組で比較しながら、それぞれのキャラクターを詳しく見ていくことにしましょう。
性格的には、最澄は理知的な秀才タイプだったのだろうと思います。また彼は、人間の煩悩や苦悩を直視する、純粋で真面目な人間でした。
一方で、空海は最澄とは正反対の性格の持主です。空海は芸術の分野でも類まれな才能を発揮する天才であると同時に、まさに空や海の如く広くおおらかな心を持つ、豪快で明朗な人物でした。空海の密教(真言宗)は、欲望を肯定し、アニミズム的・現世利益的・呪術的な要素をも含むもので、仏教の中でもかなり異色の教えを説いています。
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空海は、仏教をまず「密教」とそれ以外の「顕教」とに分け、顕教の中に大乗仏教と小乗仏教とがあると考えます。(「密教」とは、宇宙の真理を説く奥深い秘密の教えであり、「顕教」とは、衆生を教化するために言葉で説き顕された教えであるとされました。)
これに対し、最澄は、仏教をまず「大乗仏教」と「小乗仏教」とに分け、大乗仏教の中に密教と顕教があると考えていました。最澄に「密教は顕教よりも優れている」という発想はなく、あくまで大乗仏教の中の1つの教えとして、密教を捉えていました。
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最澄は、密教を比叡山のカリキュラムの一つとするため、空海に対し、「密教の経典を貸してほしい」とか、「密教の教えをちょろっと教えてほしい」などと繰り返しお願いしています。しかし、空海にとって、密教とは書物を読んでマスターできるようなお手軽なものではなく、弟子として修行を積んで体得すべきものでした。最澄は最後までこのことを理解できなかったため、空海を怒らせてしまったのです。
二人の関係が険悪になっていく中、最澄の一番の愛弟子が空海の弟子になるという事件が起こります。最澄はこれを嘆き悲しみ、「ゆめゆめ、老僧を棄つるなかれ」と懇願する手紙を書きましたが、返ってきたのは最澄との絶縁を宣言する返事だけでした。
このように、最澄の後半生は苦渋に満ちたものだったのです。
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僕の中で、空海といえば明るく力強く、多くの人を惹きつける「太陽」のようなイメージが浮かびます。ただ、そりの合わない人に対しては激しく批難するような、(芸術家タイプの?)アクの強い性格だったのかもしれません。